生誕90年 大嵩禮造抽象画の歩み
ー白・青色の諧調の変化と堅固な画面構成ー
2025.1.4(土)〜3.23(日)
大嵩禮造プロフィール
1934年鹿児島市山之口町生まれ。甲南高校、鹿児島大学で画才が開花し、海老原喜之助に師事、1960年第1回南日本海外派遣美術留学生に選ばれ鹿児島の美術界に大きな足跡を残した。鹿児島大学で30年近く教鞭を執った後は、鹿児島市立美術館館長も務めた。独立美術協会会員。
ストーリー
今年は、2003年1月7日に、68歳で急逝した洋画家、大嵩禮造の生誕90年にあたります。 大嵩禮造と当館の関わりは深く、創設当時から館の運営や美術品の選定などに関して、多くの助言をいただきました。その作品群は当美術館収蔵品の中核となっています。 大嵩と初代館長児玉利武の出逢いは1972年。鹿児島県美術展の会場でした。その頃、大嵩の絵は「グラスボックス・シリーズ」の真っ只中にあり、その幾何学的抽象画の鮮やかな色彩と造形の鋭さにすっかり魅せられた児玉利武は、大嵩の作品の収集を決心します。 大嵩の絵画は大きく4つに分けられます。20代に渡欧、その前後に描かれた「碑」のシリーズは、海老原喜之助が激賞した作品群であり、「白」にこだわり、乾いた世界を追求した、大嵩の原点とも言える抽象画です。30〜40歳代に描いた「グラスボックス・シリーズ」は、ガラスの持つ無機質さと冷たさを表現し、堅固に画面構成されたハードエッジな抽象画で、透明感のある白色と引き込まれるような青色の階調が美しい。大嵩は、抽象画を描く一方で、優れた具象画も多数残しました。家族のあたたかい絆、その何気ない日常を描くことで緊張感を解きほぐそうと試みた具象画「ポートレートシリーズ」。「回帰シリーズ」は50歳代から絶筆まで、絵の原点に立ち返るべく堅固に構成された画面に、ナイフを使って透明感のある強烈な白と青色を厚く塗り、さらにそれを削げるところまでそぎ落とし、人間の心の中まで描こうとした半具象・半抽象画です。 「初期から晩年まで作家の全てを収集してこそ、そのコレクションは完結する。そして優れた作家の作品は初めから終わりまでどの時代をとっても素晴らしいのです」と児玉館長は常々申しておりました。児玉利武が生涯を通して魅了された大嵩禮造の世界をお楽しみください。