河井寛次郎と薩摩の民窯展

1926年に柳宗悦・河井寛次郎・浜田庄司らによって提唱された「民藝運動」。その提唱者の一人で、戦後「すべてのものは自分の表現」とした陶芸家・河井寛次郎と陶工たちの一途な表現の接点とは。

鹿児島で河井作品を鑑賞できる希少な展示となるとと同時に、河井寛次郎と民芸(民衆的工芸)の関係、民芸と薩摩の民窯の接点、河井と初代長太郎の共通点などについて考える機会になれば幸いです。近代陶芸の巨匠・河井寛次郎の作品19点と薩摩の民窯・龍門司焼、苗代川焼、能野焼、初代長太郎の作品約40点を展示しました。

 

河井寛次郎の多様な技法

石膏型による成型を得意としました。型による成型により、ろくろに縛られない自由な形の追及、そして多作が可能となりました。その器体を彩る加飾スタイルは、特定の技法にこだわらず、練上、流描(スリップウェア)、貼文、筒描と多彩。三色打薬と泥刷毛目は、寛次郎が編み出した技法です。しかし技法に表現が縛られることなく、あくまで表現を実現するために多様な技法を取り入れ、ときに新たに開発したと言えるでしょう。