常設展示

​石踊達哉と牛島憲之の木版画展

2022年4月5日(火)–5月8日(日)

川辺出身、平成琳派の旗手として花鳥諷詠の世界を描く石踊達哉(1945~)の日本画と熊本出身、独自の洋画スタイルを確立した牛島憲之(1900~1997)の木版画12点、また牛島が惹かれ尊敬し続けた久留米出身の洋画家・坂本繁二郎(1882〜1969)の阿蘇五景(木版画)を展示いたします。

石踊が繰り広げる和の美の世界の対局にあるとも言える、牧歌的詩情漂う身近な牛島の風景、どちらもひとしく私たちの心のどこかにある「日本のふるさと」とも言えます。

新緑がまぶしくなってきたこの季節、新年度の慌ただしさを忘れて、ゆったりとした時間を過ごしていただけるよう企画いたしました。コロナ禍であっても、季節を愛でる心を忘れずに、心ゆくまでお楽しみいただける展示となっております。

展示作品  「夜明けのアクロポリス」「秋草図」「紅白梅図屏風」(石踊達哉)「牛島憲之版画集」第一輯・第二輯(牛島憲之)

「阿蘇五景」(坂本繁二郎)「耶馬渓」(橋口五葉)「白楽天長恨歌」(川上南冥屏風)

​石踊達哉(1945~現在)

川辺高校卒、東京芸術大学大学院修了。パリにアトリエを構えた1988年頃、それまでのシュールな人物画から花鳥諷詠の世界に入る。1998年瀬戸内寂聴訳「源氏物語」の装幀画を担当し脚光を浴びる。1999年「両洋の眼展」で河北倫明賞を受賞し、国内外で平成琳派の旗手と目される。2006年から金閣寺の方丈広縁杉戸絵や客殿格天井画を制作する。確かな筆致と華麗な色彩は高い評価を受けている。

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​牛島憲之(1900~1997)

牛島は昭和を代表する、熊本市出身の洋画家の一人である。 

東京美術学校で岡田三郎助に師事し、豊かな色彩の風景画を得意とした。戦後、構図を重視して都内や近郊にある工場・ガスタンク・橋などの建造物を描いているが、作品には穏やかな牧歌的詩情が漂い、画壇の高い評価を得た。立軌会を創立、東京芸大教授として後進の指導にあたり、文化勲章など数々の賞に輝いた。

 

 牛島は若い頃から日本の伝統的な木版画に強い関心を持っていたが、昭和40年代に『牛島憲之版画集』第一輯・第二輯を制作した。

第一輯は、1運河、2言問青嵐、3伊豆の漁村、4夏日水門、5福浦港、6晩春永代橋の6葉からなり、昭和42年(1967)に加藤版画研究所から初版限定150部が刊行された。

第二輯は、1水郷初秋、2外苑風景、3濹東、4富士夕照、5水郷、6下田の漁村の6葉からなり、同じく加藤版画研究所から昭和43年(1968)に初版限定150部が刊行された。

​橋口五葉(1880-1921)

五葉は鹿児島市に生まれ、11歳の時から狩野派の絵を学ぶ。

明治38年黒田清輝の勧めで東京美術学校西洋学科を卒業した。

しかし装飾性の強い彼の絵は当時の洋画壇には認められなかった。

大正4年から木版画を手掛け、更に大正7年からは従来と異なる方法で、自ら彫師と摺師を抱えて制作にあたり、新版画と呼ばれた。

大正10年2月死去したが、僅か3年間に12枚の完成した色摺り版画と10数枚の墨摺り版画を残している。

五葉の美人画には、竹下夢二、伊藤深水らのしなやかで耽美的な美人画と異なり、生活の香りが漂っている。

また、色摺り版画には雲母や最高の日本画の顔料が使われているので色彩が極めて鮮やかである。

​川上南溟(1915 ~ 1999)

1915(大正 4)年、大島郡徳之島町母間に生 まれる。  

鹿児島師範学校を卒業後、川上小・谷山小・ 鶴丸高校教諭を経て、1972(昭和 47)年鹿児 島大学教育学部教授に就任。  

書は堀井鶴畔、辻本史邑、青山杉雨に師事。

自らも書道研究川上社中南溟会(後の墨泉会) を結成し研鑽を深める。 また、南日本書道会「書林」に手本揮毫、学 童書道の向上に努めると共に、南日本書道展審 査委員長として南日本書道の発展に尽力した。  

書風は、自己の表現、一般の人にも親しみや すい近代性、現代社会に根ざした造形性の強さ 等、洗練された筆で上品さが漂う。  

本展「長恨歌」は、1975(昭和 50)年、第 7 回日展で 2 回目の特選を受賞した「蘇東坡詩」 の書体を基にした作品である。